●現地で嫌われたら終わり

 海外生活を求める方は、多かれ少なかれ、以下のようなことを想像されていると思います。

 (1)日本の煩わしいつき合いから解放される。
 (2)世間体を気にすることなく、楽しく暮らせる。


 こうしたことをイメージされていると思います。全て正しいと思いますし、実際に日本の煩わしいつき合いは、時間やお金ばかりでなく神経も使います。海外生活を求める上で、こうしたことが動機になる方は実に多いと思われます。また、それは間違ったことではないと思います。

 ただ、気をつけなければならないことがあります。それは、海外生活をする現地には、すでに在住している多くの日本人がいるということです。世界のおおよその国、町には、かなりの日本人が在住しています。長期旅行滞在者、留学生、国際結婚をされた方、企業駐在者、永住者などです。私が住むカナダのケロウナという町の名前を知っている日本人は、あまりいないと思いますが、このケロウナ市には、約800名の日本人が暮らしています。バンクーバーにいたっては、約2万人の日本人が在住しているといわれています。

 一般的に日本人に知られている諸外国の町には、実に多くの日本人がすでに在住しています。そして、そこには日本人在住者のコミュニティーが多かれ、少なかれ存在しています。これらのコミュニティーと、どのようにお付き合いをするのか、という点が悩みの種です。

 (1)全ての在住者と仲良くつき合うことは難しい。
 (2)在住者を一切無視することも難しい。

 すでに現地に在住している日本人の方々は、現地生活の経験や交友関係を広く持っています。お互いに気が合い、理解し合えれば、その後の海外生活の幅が広がるばかりか、もしもの時に力を貸してくれるでしょうし、助けてくれることもあるでしょう。ですから、可能な範囲で、良いお付き合いができる在住者との関係を築くことができれば、理想的な海外生活になると思います。

 ただし、全ての人が、何の問題もなく仲良くなれるということではありません。旧知の間柄ならいざしらず、まだ知り合って日が浅い間は、慎重なお付き合いを心がけることが大切だと思います。新しく海外生活を始めた方々が、すでに在住している日本人の方々とトラブルになる典型的なケースは、以下のようなパターンです。

 (1)知り合ってお付き合いが始まる。
 (2)分からないことを何でも聞き始める。
 (3)自分で出来ることまで、当たり前のように頼んでくる。
 (4)自分で調べられることまで、当たり前のように聞いてくる。
 (5)海外生活の不満が、愚痴になり始める。


 ここまで来ると、先に在住している方々は、「そのくらい自分でおやりなさい!」という気持ちが高まってきます。少なくとも、海外に移住されたり、海外生活をされている方々は、過去にいろいろな失敗や経験を自らされています。そうした経験を通して、海外生活をされている訳です。新しく海外生活を始めた方に対しても、あとあと笑い話になるような失敗を経験しながら、それでも一生懸命がんばっている姿を見ることで、「応援しよう!」、「困ったことがあったら手助けしよう!」という気持ちになるのです。

 しかし、新しく海外生活を始めた方は、出来ることなら効率よく、無駄なく、失敗することなく、事を進めようとします。そして、悪気はないのですが、先に海外生活をされている方を、必要以上に頼ってしまうのです。これがさらに行き過ぎると、都合良く利用しはじめます。さすがにここまで来てしまうと、先に海外生活をしている方々は、お付き合いを止めようと思いはじめます。なぜなら、何も無理してお付き合いをしなくても、先に生活をされている方々は、独自の交友関係を持っていますから、寂しくも辛くもないからです。そして、さらに怖いのは、こうしたことが、ある一定のコミュニティーの中で噂として回り始めるのです。

 たとえばこんな実例 (お名前は全て仮名です)
 2000年春。大好きなバンクーバーに念願のコンドミニアムを購入し、年間の半分をバンクーバーで暮らし始めた山田さん夫妻。インターネットで知り合った青山さん夫妻宅にさっそく挨拶に訪れました。青山さん夫妻はカナダ永住8年目。

 山田夫妻 「これからバンクーバーで半年の生活を繰り返します。」
 青山夫妻 「良かったですね。困ったことがあったらいつでも言ってください。」

 そして、2組の夫婦の交流が始まりました。しかし、交流が始まると、毎日のように青山さんは、山田さんから電話を受けることになりました。どこで何を買えばいいのか、何が安くて美味しいのか、まるで観光ガイドブックのようなことまでを青山さんに尋ねてくるのです。

 ある日、山田さんは、青山さんに「お米はどこで買うのがいいですか?」と尋ねました。青山さんは「お米は、Aスーパーが安いらしいですよ。」と伝えました。しばらくすると、そのスーパーで買い物を済ませた山田さん夫妻が、「Aスーパーより、Bスーパーの方が安いと岡田さんが言っていましたよ! もっとちゃんとした情報を教えてください!」と怖い口調で電話をしてきました。山田さんより20歳も年下の青山さんに対して、いつの間にか山田さんは命令口調が多くなり、ことある事に文句を言い出す始末となりました。

 「今日も雨だ! 全く嫌になる。バンクーバーは雨ばかりじゃないか!」 そんなこと青山さんに言われても困ります。海外生活を送る中で、気に入らないことがあると、英語が片言しかしゃべれない山田さん夫妻は、そのうっぷんを晴らすかのように日本語で青山さんに愚痴を言い始めました。

 青山さん夫妻は、ほとほと嫌になってしまい、すでに山田さん夫妻に紹介した、友人の岡田さん夫妻をはじめ、全ての友人知人に事情を説明し、「もう山田さん夫妻とはつき合わない方が良い。みんなもそのつもりで。」と根回しをしました。海外生活を長年送っている方々は、このような対人トラブルを一番嫌がりますので、いつの間にか山田さん夫妻と距離を置き始めました。そして山田さん夫妻が気が付いたときには、周りに誰もつき合ってくれる日本人がいなくなってしまいました。

 こうした例は、よく聞かれます。せっかく知り合った交流関係が崩れると、基本的には元に戻りません。前述の通り、先に海外生活をしている方々は、もうすでに独自の交友関係を築いて大切にしていますので、嫌な対人関係は早々に切り離したいと考えるのです。

 海外生活を楽しく、安全に、快適に過ごすためには、多かれ少なかれ現地在住の日本人とお付き合いをしていくことになると思います。その交友関係が良いものになれば、さらに交友関係が広がります。それは日本人だけではありません。現地の人との交流も、ごく自然な形で広がっていくのです。これが理想的な海外生活のポイントになります。反面、実例でご紹介した山田さん夫妻のようになると、海外生活が面白くないばかりか、安全な生活、快適な生活、ということも危うくなってきてしまうのです。